利他研究会インタビュー
ゲスト:福田浩一さん、中野淳一さん(NEC)
インタビュアー:伊藤亜紗教授
pt.1
2年間を通じて未来の人類研究センター主催の利他研究会に参加された日本電気株式会社(NEC)の福田浩一さん、中野淳一さんへの、伊藤亜紗センター長によるインタビュー、前編。
2022年4月7日実施(東京工業大学 大岡山キャンパス 西9号館901号室にて)
伊藤亜紗教授(以下、伊藤): 今日お伺いしたいことは2つありまして。まず2年間、センター立ち上げの頃から研究会に参加していただいて、どうでしたか。最初のきっかけも含めて、どうして興味を持っていただけたのかをお伺いしたい。
もう1つは、企業活動をするということと「利他」が、どうやったら結びつくのか。私が外部でインタビューを受けた時に、「利他」についていちばんスッとわかっていただける言い方が、「利他っていうのは生産性だけじゃない視点で人間を評価する、そういう視点を与えてくれるんです」、こういう言い方をすると、「ああ確かに」って言ってくださるんですよ。それが皆さんにわかりやすい利他のイメージだとすると、生産活動とは別のもの、ということになるので、どんなふうにそれを具体的に考えたらいいかをみんな探しているし、我々もまだわからないところなので、今回議論できたらうれしいなと思います。
前編
──利他プロジェクトに興味を持った理由
●企業における人間軸とウェルビーイング
福田浩一さん(以下、福田): 我々のNEC未来創造会議(編注:NEC未来創造会議は2022年12月31日Webサイトが終了、現在はNEC 2030VISIONサイトhttps://future.nec/about/index.htmlにて、未来を考えるコンテンツを発信中)では、2017年度の設立時から「人の意識と技術の両輪を上げていかなきゃいけない」と言ってきたなかで、「人の意識って何だろう」というのが一つ大きな課題でした。我々は技術のカンパニーだし、しかもその技術はDXの文脈のもので、たとえば流通の仕組みを良くしたいとか、産業を良くしたいという面があるんですけれども、直接「人」に向けた技術じゃなかった。でも、この「利他研究会」には何か鍵があるだろうということを江村(編注:NECフェロー 江村克己さん(2022年4月時点))が言って僕が参加した、というのがきっかけです。
伊藤: 以前NECのイベントに出させていただいたときに、東工大の中で感じるのと似た、テックのスペシャリストの会社だなっていう感じを持ったんです。その中で「人」を考えるというのは、すごく大事だし、同時にすごく難しいところだと思うんですけども。
福田: そうですね、そこがまさに難しいところです。1977年に、当時NEC会長だった小林宏治さんがC&C宣言(編注:コンピュータ技術とコミュニケーション技術の融合)という新しい概念を提示します。ソフトウェアとハードウェアをの両軸を成り立たせることをしっかりやっていくんだけれども、それだけじゃ人は幸せにならないということで、そこに「人間軸」を立てたんですね。
我々も今年度、コロナ以降は特に地球の持続可能性と経済成長を両立させることについて何かしらやっていこうとしていて。この二つは、たとえばテクノロジーと制度で何とかしようとすればできるんです。でも、それで人は幸せになれるのか?そこに「人間のウェルビーイング的な軸を立てるということを議論して突き詰めていこう」というのが未来創造会議の1つのテーマになりました。
伊藤: なるほど。人を語る企業は多いと思うんですけど、福田さんはすごく具体的ですよね。教育だったり、コモンズの話だったり、「市民」みたいな言葉をよく使われますけど、それは何か具体的なイメージ──「人間」って言った時にちょっと分解できたりとかしますか?
福田: 具体に関しては…利他とか人間軸みたいなものを立てなきゃいけない、ということを、実はまだ分解はできていなくて。ただ、岡本(編注:NEC未来創造プロジェクトメンバー、岡本克彦さん(2022年4月時点))がどちらかというとコンセプトやVisionを考えるのが好きで、僕は動くほうが好きなので、それで中高生を対象とした授業のような社会実験をやろう、となったことが、この体制になってからのいちばんの変化ですかね。やってみたら何かわかるかもしれない、と。
あともう一つは、都市の活性化みたいなもの。人が自分ごとで何かに参加する、行動することがウェルビーイングに繋がるかもしれないということで、市民参加型合意形成をターゲットに社会実験をやってきた。なので、目的が具体的だったのではなくて、とりあえず具体的な行動をすれば何か見つかるかも、というアプローチでいくつかやってみました。
●AIとウェルビーイング
中野淳一さん(以下、中野): 私は事業の中でもAI事業を担当しているんですが、一般的なAI事業って、いわゆる数値予測、「明日はコンビニエンスストアでおにぎりが何個売れるから発注数をいくつにしよう」みたいなものが多いんです。でもちょうど去年の4月から、慶應義塾大学の前野先生(編注:前野隆司、慶應義塾大学SDM研究科教授、ウェルビーイングリサーチセンター長、一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事)とウェルビーイングの共同研究を始めまして。ウェルビーイングの文脈の中では、前野先生がおっしゃっている4つある幸せの因子の中で「ありがとう因子」っていうのが大事だ、という話があるんです。
伊藤: ありがとう因子?
中野: 「やってみよう因子」、「ありがとう因子」、「何とかなる因子」、「ありのまま因子」。
伊藤: へぇー。「何とかなる因子」、いいですね。
中野: 「何とかなる因子」は自分のモチベーションのところ、エンカレッジしていくところなんですけれども、「ありがとう因子」になってくると利他や人とのつながりがウェルビーイングに関係してくる。我々はやはり事業部なので、ウェルビーイングを事業化していかなければいけない。外向きにはHR(ヒューマンリソース)テックという分野です。
少し前までは、いわゆる健康管理系、たとえば健康診断の結果で「今の生活をしていると〇〇という数値が上がる/下がる」というのを予測するテクノロジーがすごく流行ってきていたんです。それが今は心系。鬱の対策とまではいかなくても、ストレス診断ではなく「ウェルビーイング診断」みたいなものを作ろうと。「このままの生活だとウェルビーイングが上がるよ/下がるよ」というのを上手く使って事業化できないかな、というのを今やっているんですね。
それで、今そこにチャットボットを入れようとしています。ボットと会話しながら、その人のウェルビーイングを測ったり、もし下がっている人がいたら勇気づけてウェルビーイングを上げていく。そういうところで少しウェルビーイングを事業化できないか考えているところです。
福田: 有名な論文で、幸福度が高い人は創造性が3倍、生産性が1.3倍になるという結果が出ているので、「ウェルビーイングが高いと生産性が高まる」ということを、前野先生は強くおっしゃっていて、どの企業にもウェルビーイングを気にする人を入れて欲しいという思いがあるみたいですね。
伊藤: じゃあ、たとえばそういう企業が、さっき開発しているとおっしゃっていたチャットボットみたいなものをうまく取り入れると、社員のウェルビーイングが上がったり、ハピネス度を測れたりするという、そういう具体的な実用を。
中野: そうですね。AIを取り入れてデータを見ながら、「この人はウェルビーイング下がってるな」というのがあれば上げる方法を考えてあげる、といったところです。
でも上げる方法はそんなに多くなくて、人との繋がりとか、周りからの声掛けとか、そういうのがないとウェルビーイングを上げるというのは難しい、という話があるんですが、「利他」のように周りの人が気にかけてあげたり、手を差し伸べてあげたりすることがウェルビーイングになる。面白いことに、された方もした方もウェルビーイングが上がるという研究結果があるので、そういうのが回るような仕組みづくりができないかを、AIで考えているという感じですね。
伊藤: なるほど。そういうことを念頭に置かれつつ、センターの研究会に2年間参加してくださったのは、結構大変だったんじゃないかなと思うんです。
●利他研究会への参加とビジネスとのつながり
伊藤: ウェルビーイングやハピネスを数値化しようっていう話と、うちのセンターはわりと真逆だったと思いますし、特に最初の年は、東工大の中にいながらテクノロジーに対する警戒心がわりと強いメンバーが多かったと思います。すごく逆の空気を吸うみたいな時間だったんじゃないかなと思うんですけど。ざっくばらんに、いかがでしたか? 印象的な話とか、何でも。
福田: そうですね。テクノロジーのことを言わないんだったら、僕がいちばん面白かったのは磯﨑先生の、ただひたすらに小説を読んでる時間でした。僕も仕事が多いので、普段、会議をやりながら裏で自分の仕事もやり、アウトプットしているんですよ。あの時間はそれを置いておけたというか。自分の仕事の時間なのに、何か出さなくてもいいというか。そういった解釈を自分でしたんです。それが非常に面白かったなと。それがNECの事業に直結する訳ではないんですけど、こういう時間もアリだなと。
伊藤: すばらしいですねえ。
福田: あとはやはり伊藤先生と中島先生が言っているところの、「利他」ってどうやって生まれるんだろう、ということ。さっき「軸」の話で3つ目に「人間軸」という話が出たと思うんですけど、うちの江村は「人間力」、それこそ「利他」って言うんです。僕は3次元軸は能力的なもののみならず、「人のウェルビーイングに対する貢献」みたいなことだと思っています。それはアクションなんですよ。アクションだけすれば何とかなる、という気持ちがあるんですけど、そのアクションの時に必要なのが、「自分ごとかどうか」というところなんです。
「自分ごとかどうか」というのと「利他」は、たぶん何かしら交わると個人的には思うんです。でもあんまり自分ごとを入れると利他じゃないという考えもあったりして──受け取る側がうまく受け取れて、うまく分類できるとか、何か違うアプローチを入れたいな、という意図を持ちながら(研究会に)参加していたところがあります。
文字起こし:松田菜子
まとめ:中原由貴
(中編へ続く)