Report

利他研究会インタビュー
ゲスト:福田浩一さん、中野淳一さん(NEC)
インタビュアー:伊藤亜紗教授
pt.2

2024.05.31

2年間を通じて未来の人類研究センター主催の利他研究会に参加された日本電気株式会社(NEC)の福田浩一さん、中野淳一さんへの、伊藤亜紗センター長によるインタビュー、中編。
2022年4月7日実施(東京工業大学 大岡山キャンパス 西9号館901号室にて)

中編

──「利他」と「企業活動」はつながることができるか

●ビジネスに必要な「利他」の形

伊藤: 利他の問題と企業の活動──やはり製品化っていうのがあるわけですよね。それをどう繋げていかれてたのかっていうところを──そんなにダイレクトには繋げていらっしゃらなかったと思うんですけど、どういうふうに繫がり得るのかっていう。

中野: Googleが発見したと言われている「心理的安全性」という言葉があるんですけど、いろんな人が発言するときに、それを受け入れるようなチームをビルディングしなきゃいけない、というのが、ここ3年くらいでものすごく企業全般のマネージャー層に広がっていて。ビジネスの内側でも外側でも、お互いがお互いを受け入れるとか、利他心を発揮して他人の発言を許容していくとか、そういうシーンは昔に比べてものすごく増えていると思います。

だから事業としてとか、お金稼ぎとしてという視点ではなくても、ビジネスの中におけるチームビルディングやプロジェクトを進める上では、利他性のようなキーワードがすごく多くなってきたと強く感じますね。

福田: 僕も1個あってですね。昨年度の実験で、eumoと地域通貨のようなもの(編注:共感コミュニティ通貨)をみんなで循環させるためにペイフォワードという仕組み、概念を入れよう、と。あれって「利他」かなと思っていて。

ほかの人を褒めるとき、たとえば「〇〇さんの発表がすごくよかったです」とか「○○さんに賛同します」とかいうときに100コインを追加する、という取り組みを3ヶ月くらい実験でやってみたんです。それでさっきお話に出た前野先生の「はぴテック」さんのサービス(編注:株式会社はぴテックの幸福度診断)で診断してみると、全部が上がったんですよ。特に、いちばん上がったのが「やってみよう因子」。

僕の論文にもそのことを入れて、伊藤先生の『「利他」とは何か』(集英社新書、2021)の内容も参照させて頂きました。

伊藤: ありがとうございます。


●「仕組み」によって動き出す利他

福田: 社内にその文脈の仕組みを入れて、社員の「なんとかなる因子」を上げるのはいいと思うんですが、どうですかね。

伊藤: その辺は私もすごく興味があって、面白いなと思うんですよね。いろんな方法で利他を仕組み化するみたいな、ちょっとした微調整によって人の行動がすごく変わったりとか、結構常識とは違う行動をみんなできるようになったりとかして。センターの2021年度の最後の研究会の『新しい贈与論』の回って参加されてましたっけ?

福田: 僕は参加してました。あの、投資家の方ですよね。

伊藤: 代表の桂さんという方(編注:一般社団法人「新しい贈与論」代表理事、桂大介さん)は、起業家の人が「投資」という自分に対してリターンがある形でしか寄付をしていない、ということをすごく残念に思っていて、そこで「新しい贈与論」をはじめとして、いくつかそういう「寄付」そのものを考える仕組みを作られて。

「新しい贈与論」は毎月会費から70万くらい寄付するんですよね。会員制で、会費を集めて、そのお金を寄付するんだけど、寄附するときにみんなで投票するんです。毎月テーマが設定されて、わりと変なテーマなんですよね、「幽玄」とか。あんまり寄付っぽくないテーマが設定されて、それに関連する寄付先の候補を3つくらい会員の代表者が推薦して、なぜそれを推薦するのかをプレゼンして。それで毎月1回全員で投票して、その得票数がいちばん多かったところに寄付をするんです。

その代表の桂さんが、自分のお金なのに、自分が「ここだ」と思ったんじゃないところにお金が行っちゃう感じがすごく重要だと言ってて。結局、社会全体は自己決定の世界だし、すごく自立して自分の選択どおりに物事が進むと信じられてるけど、本来お金ってそういうものじゃない。どんどん流通して自分の手から違うところに行ってしまう感覚をもう一回取り戻したい、と。それを仕組み化してやっていらっしゃるんですけど。

センターの研究会で話してたことって、わりと利他原理論的なものが多かったんですけど、私自身の興味はもう少し仕組みの話で、そういうシステムをどう設計すると人の行動がちょっと切り替わるのか、みたいなところなんです。今お話をうかがっていて、そういうところに研究会を使っていただけたらすごくいいなって思いました。

福田: その仕組みも、さっきお話ししたペイフォワードの仕組みも、すごくそうだなと思っています。


●影のヒーローにスポットを当てる「仕組み」

福田: やっぱり我々の会社も、人を評価するときは生産性で評価するんですよね。「この軸にあなたはよくアウトプットをしたからAランク」とかやるんです。でもペイフォワードでいちばんコインを活性化させた人ってその軸じゃない人なんですよ。全然違う人なんです。この視点を入れることで、生産性の軸で活躍している人以外にも活躍できる人を見つけられる、というのを理想としていたんですけど。

そういう仕組みをもってして、会社のロジックで言うところの「生産性」みたいなところでは日の当たらなかった人に光を当てると、さっきの「やってみよう因子」の働きも高まるし、よりウェルビーイングに近づくのかな、と。

伊藤先生が利他の文脈において「余白を設けて」と言うのも、その余白を設ける仕組みの話をされていると思うんですけど。みんなが目指してる軸じゃない何かを見つけてあげる仕組みがあるといいのかなと思っていますね。

伊藤: それが会社の中でも単純に製品化っていうことだけじゃなくて、さっきのチームビルディングみたいな部分で評価できる、と。

福田: そうですね。少なくとも我々が株式会社eumoさんと一緒にやった社会実験では、役職が高い人が成績がいい訳じゃないですし、役職が高い人は逆に忙しすぎて利他できないのかもしれませんけども(笑)。そうじゃない人の方がみんなから感謝を受けて返している、というのが結果としてわかりました。でもじゃあこれを会社のロジックとして取り入れるとなると、なかなか難しいですね。

中野: これから市場がすごく広がるので、まずはそういうことを自分の会社の中で上手く作れれば、いくらでも外に繋がる仕組みになる。上手くできたらいいなと思います。

伊藤: でも一方で、人の行動が結構簡単にコントロールできちゃうっていう怖さもありそうですよね。


●他者からの提案を受けて行動してみる

中野: さっきチャットボットでウェルビーイング、みたいなことをお話ししたんですけど、実際にはチャットボットで「こういう行動をしてみなよ」とアドバイスをするんですね。たとえば、「今日は誰かにありがとうを言ってみよう」とか、「今日は自分のチーム以外の人と1回でも会話をしてみよう」とか。その結果、多く行動した人ほど明確に幸福度が上がって、全然行動してない人は幸福度が上がっていないという結果が出たんです。やっぱり行動した人は上がる、というのがあるんですよね。

伊藤: それって本人にとって納得感があることなんですかね? 「これ、やってごらん」って提案されて行動するというのは。

中野: 人によるのかもしれないですけど、今回は告知に対して「やりたい」と応えてくれた人を200人くらい集めて行った検証なので、どの人も言われたことに対してそれなりにモチベーションが高くあったのかなとは思います。でもやっぱり、そもそも忙しい、会社の偉い人が、チャットボットから「〜してみなよ」と提案されたところで「うるせー」って思う人の方が多いような気はします(笑)。なのでおっしゃる通り、もともとウェルビーイング、幸福度が低かったり、余白の少ない人にどこまで効果があるか、というのはちょっとわからないですね。

伊藤: なるほど。美術の歴史の中で、1960-70年代にコンセプチュアルアートっていうのが出てくるんですよね。それを結構省略すると、「こういうことをやってごらん」と人に提案する、というような内容なんですよ。作品の作り方を提示して、実際にそれをみんながやってみることで作品が実現するような、そういうタイプの作品が結構出てきて。

でもそこで命令されることって、基本はアートの世界なので、本人からすると「え?」みたいなこともいっぱいあるんですよね。たとえば、オノ・ヨーコとかがそういう作品をすごくたくさん作ってるんですど、「エスカレーターですれ違った人と握手をする」とか、まあぎりぎりできなくないかな、というような内容のもの。あとは「噴水を30分見つめる」とか。

「忙しい毎日の中で違う時間を作る。それが平和に繋がる」というのが彼女のコンセプトなんですけど。そういう一見「え?」みたいなことを、チャットボットが言ってくれても面白そうだなと思います。

福田: アートの視点はいいですね。面白いし、我々はなかなか思いつかないから。

伊藤: 私、子どもの頃、ビジネス書を読むのがちょっと好きだったんですけど、ビジネス書ってなんだか「〇〇せよ!」みたいなことがすごく書いてあって。子どもだから、大体自分の生活には当てはまらないことなんですけど、でもそこに書いてあることを無理やり自分の文脈に翻訳して……たとえば、戦国武将の言葉で「敵と戦うためには、まずは自分の弱点を晒せ」みたいなことが書いてあって、そういうのを自分がかくれんぼするときにちょっと実践してみるとか。

福田: すごい子どもですね。

伊藤: でもその翻訳が楽しいというか。「ここで言われていることを“やる”ってどうやったらいいんだろう」って、それを考えるのが楽しい。

福田: いいですね。そういう自分の解釈をひとつ加えるのが本来、というか。文脈を教育に戻すと、そのほうが教育ですよね。「これをしなさい」、「はい」だけじゃないと思うので。そういう余白があるといいですね。自分だったらどう行動するだろうって考えてみるとか。

文字起こし:松田菜子
まとめ:中原由貴

(後編へ続く)