利他研究会インタビュー
ゲスト:福田浩一さん、中野淳一さん(NEC)
インタビュアー:伊藤亜紗教授
pt.3
2年間を通じて未来の人類研究センター主催の利他研究会に参加された日本電気株式会社(NEC)の福田浩一さん、中野淳一さんへの、伊藤亜紗センター長によるインタビュー、後編。
2022年4月7日実施(東京工業大学 大岡山キャンパス 西9号館901号室にて)
後編
──企業が大学に求めるもの
伊藤: すごく一般的な質問なんですけど、企業が大学に求めてくださるもの、大学によってもいろいろ違うと思うんですけど、私が今のところ感じているのは、特にDLab(東京工業大学 未来社会DESIGN機構)だと「学生との出会い」。それとあとはやっぱり「言葉」ですよね。コンセプトをまとめるような言葉を探しているっていうのを、企業の方と関わっていて思ったんですけど、その辺ってどうですか?
福田: 我が社はどちらかというと共同研究ですよね。
中野: 共同研究で裏付け、ですよね。それこそ「ウェルビーイングでチャットボットです」と言った時に、「学術的に裏付けがあって、良いものです」と言っていただけることが、一つ我々にとって他社との差別化につながっていくと思うので、そういう検証を一緒にしていただいて、「これ問題ないです」と言っていただくことがすごく大事かなとは思いますね。
伊藤: それはかなり大学との関わり方が違いますよね。
中野: そうですね。たぶん、私の方が一般的な技術会社における、大学に求める関わり方だと思いますね。
福田: 僕はもうちょっと前段で、伊藤先生がお話ししてくださる内容を、中野さんや研究室のメンバーに繋げて、もうちょっとメタな視点から、今後ICTがいちばん寄与できそうな領域を探る研究に繋げたかった気持ちはあるんですが、僕の構想不足などもあり、繋げられなかったですね。でも本当はそこをいちばん見つけたかった。「先物買い」じゃないですけど、この領域を先にやっとけば勝てる、というのがあるので。
──自利、利他、そして「他利」?
中野: 今年、慶応の大学院でMBAプログラムを卒業したんですけど、そこで1年間、我々は利他について、「無償の利他がある派」と「自利から逃れられない派」で論争をくり返していて。最後は、「自利から逃れられない派」が勝ったんですね。つまり、利他には必ず大なり小なり押し付けや自分の思いが含まれているものだと。でも、自利から外れた利他があるに違いない、そしてそれは「利他」とは呼ばない何かなんじゃないか、という話があって。我々は「他利」という言葉を導き出したんです。
伊藤: 「他利」?
中野: 他人の利。利他って他動詞じゃないですか。自分が利する他人っていう他動詞であると。ということは、自分が何か動作してるんだから、自分の行動から逃れることができない。それに対して、人が幸せな状態っていうのを自分が受け入れてあげている状態を、「他利」と呼ぶのではないかと。それで「我々が無償の利と呼んでいたのは“他利”なんじゃないか」という議論が始まって、これまでの我々の議論がすごくシューっと集約されていったんですけど(笑)。
その中で、伊藤先生の書籍にあった「利他が押し付けになるんじゃないか」っていうのを入れさせていただいたりして、すごく為になったのでお礼を申し上げたいなと。それと「他利」という新しい概念をもっと深めて、何か研究を進めたいなと、今考えているところです。
伊藤: 面白いですね。
福田: 僕は伊藤先生の研究の中に、わりと生物学的な要素が入っているのを感じていて。利他って踏み込めば踏み込むほど深いので、僕は論文の中で上っ面しか言えなかったんですけど、その論文にて1つは「遺伝子」、1つはさっき出た「利己的利他」、もう1つは、「何かしらわからない利他」、という3つの大枠に分けて書きました。
①は生物学的に子どもを残したい、優秀な遺伝子を残したいからやる、というもの。DNA的に組み込まれた利他。②「利他的利己」というのは打算的な面があるかもしれない利他。そして③の自然にやっちゃう利他、さっき出てきた「他利」と呼ばれるようなものは、生物学的な何かと紐付けされているんでしょうか。
伊藤: そうですね。生物学者と話しているとわからないことだらけで、生物には「生きていくためにそれ全然効率悪いじゃん」というようなことがいっぱいある。特に植物系の研究者の話にはそれが多いですね。動物の場合はそれなりに、高等動物であればあるほどちゃんと考えて行動してるけど、植物だと、もう何のためにそれをやっているのかわからない、ということがいっぱいあって。単純にDNAのサイズを見ても人間よりめちゃめちゃ大きかったり。だから、「人のために」ということ自体が成立しない世界が植物にはあるというか。
でも難しいですよね。自分のために行動するっていうことも、自分が思っている自分のための利益って、結構大したことないかもしれなくて、それを超える何かが常に起こり続ける可能性があるわけですよね。だから、自分が何かをこういうつもりでやっても、全然違う受け取り方を相手がして、それが実はすごく自分のためになっていたとか。そういうズレみたいなことは、高等生物でももちろん起こることなので、そこまで視点をガッと引いてしまうと、どれも変わらないというか。どんなインテンションを持とうが、結果的にそれから外れたものがいっぱい起こっていて。そういう世界観に立つ、というのがもしかしたら「他利」に近づくのかもしれないですけどね。
利他って結構──1個1個の行為インタラクションレベルで見る時と、世界観として見る時で、だいぶ見え方が違うところがあって、世界観として見る、自分のインテンションみたいなものを超えた視点に立つと、そういうものが見えてくるっていう。
福田: 伊藤先生がおっしゃっていた「うつわ的な利他」の話っていうのは、人間にそういうものが備わった前提の話なのかな、と僕は思っていたんですけど。
伊藤: あー、そうですね。備わってるって、たとえば……「ご飯食べます」となった時に、私がご飯を食べているかと思いきや腸内菌がめっちゃ喜んでる、みたいなことがあるわけじゃないですか。
福田・中野: ああー!(笑)
伊藤: 500kcalのお弁当を食べてるのに100くらい持っていかれてる。でもその腸内菌のおかげで体調が保たれてたりとか、感情が変わったりとかする訳ですよね。そういうことが、私と腸内菌だけじゃなくて、私と福田さんとか中野さんの間でも起こっていて。そういう、ある意味、雑なことがいっぱい起こっているからこそ、いろんなものが救われる。漏れ出ていくものがいっぱいある、という感じじゃないですかね。
福田: 今の中野さんの「他利」とか、僕が自分の論文ではあまり論じられなかった「本質的な利他」が、本当は生物学的なものなのか遺伝子的なものなのかはわからないですけど、もしそれが前提として成るなら、たぶん「社会システム」──効率化軸という枠組みのこと──が、この利他的な遺伝子を壊しちゃってるから人は利他になれない。じゃあこれをどうするんだっていうロジックを組み立てていけば、上手くヒューマンリソーステックと結びつくんじゃないかなと。
だから、やっぱり違う軸を設けることが必要で、それがヒューマンリソーステックによって社内に広まっていくと、今まで効率化軸による社会システムで築かれていたものが取り払われて、人間の本質的な部分、人間の本質的な利他が現れてきて、さらに人がハッピーになるんだっていうロジックになるじゃないですか。
中野: 人間の本質が「利他」だっていうのはすごい。
福田: そうそう。だから、社会システムがそれを阻害している面もあるっていうロジックに持っていってやれると、さらに人がハッピーになれるんじゃないかっていう気がすごくしています。
伊藤: 生物を見るときに、DNAとして見る、情報として見る、あともう一個、代謝という側面で見る、というのがあって、どれで見るかで結構見え方が違うのかなって思うんです。代謝って物質の話なので、それ自体すごく外に対してオープンな部分というか。外から何かを取り入れて排泄するっていう循環の経路みたいなものとして生物を見るっていうことですよね。
そうすると、その取り入れたものが、さっき言ったように腸内菌の食べものになってたり、排泄したものが別の生物の餌になっていたり、自分にとってはそれは排泄だけど他の生物にとってはそれはごちそうだったりとか。代謝として捉えたときにいろんな循環が見える。情報として捉えると、そういう循環はあんまり見えてこないんですけど。
「会社の中にあるコモンズ」みたいな話って、けっこう代謝的だと思うんですよね。モノがそこにあるから、それをどう使おうみたいな議論が生まれて。
福田: なるほど、いいじゃないですか。そういう循環をやっていると、たぶん10年後には違うものができるんですよ。
中野: その分野はお金になるってなればみんな大手を振って行くんですけどね。なかなかみんなをそっちに誘導できない。
福田: そこをどう言うかですね。チャレンジですけど。仮説はどんどん頭の中に浮かぶんですけど、そこからどうやって人を説得して、試してみるかっていうのが…。
──むすび
中野: 企業に勤めながらこういうNEC未来創造会議とかをやるのってすごく大事だなって思いますね。学んだことや考えたことをすぐに仕事に還元できる──やるだけで還元できるものが多いとすごく強く感じたので。続いていれば若手を送り込みたいなと思っていたところです。でもそのサイクルを回す前にプロジェクトが終わってしまったので…。
福田: 社内のアンケート結果とかの評判がすごく良くて。この取り組みは──我々はライバルとして富士通とかが出てくるんですけど、そういうところとも違って──独特だよね、と。なんでこんなにテクノロジーじゃない話をしてるんだろうって。でもいつも違う視点で面白く聴いてます、といったお便りが寄せられたり、問い合わせも多かったりします。
伊藤: サイトを見るだけでも、「あれ、これ何の会社?」って思いますよね(笑)。でも最後の2年間っていう言い方をするとなんか寂しいですけど、ご一緒できて本当によかったです。
福田: こちらこそすごく刺激になりました。引き続き、何かでまた中野や、僕からも連絡行くことがあるかもしれないですけど、ぜひご一緒できればと思います。
伊藤: ぜひ、こちらこそ。ありがとうございます。
文字起こし:松田菜子
まとめ:中原由貴