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人口

群衆、大衆、市民、国民、そして人類など、人間の集合体を指す言葉はたくさんあります。それらのなかで、「人口」ほど近くて遠い感覚をおぼえさせるものは多くないかもしれません。

いま人口問題は、そこかしこで直近の課題として議論されています。ですが、なかなか自分のこととしてとらえにくく、どこか遠い問題になってしまいがちです。「私」は単なる人口の一部でしょうか。人口とカウントされるとき、「私」はそのままではいなくなるでしょうか。そもそも、人口って何でしょうか。この日本語には、大昔の中国で人間を数えるときに用いた数助詞「口」が含まれています。身体の一部を切り取ったこの由来からして、人間のことを語るときに「人口」という語ではどこか足りないという気分になるかもしれません。

あくまで大雑把な説明ですが、英語では人口を研究する学問として、主に人間の出生、死亡、そして移動などを調査・分析するデモグラフィーと、より多分野横断的に経済、歴史、政治、文化などと人口を絡めて研究するポピュレーション・スタディーズがあります。このことから窺えるように、人口増加に伴う食糧不足の問題を論じたトマス・ロバート・マルサスによるこの分野の先駆的著作『人口論』(1798年)が発表されたころと比べ、現在では人口を研究する方法や目的ははるかに多様化しています。

もはや「人口」の「口」は食料の行き先だけではなく、さまざまな思考の場へと向かう声の出所をも指し示すようになっています。そしてそれは、従来的なデモグラフィーやポピュレーション・スタディーズの枠の外側、たとえば経済学、心理学、文学など、人間の活動、思考や感情に深く関わる分野で反響しうる大きな声です。

多角的な取り組みを要求する人口の問題は、一枚岩ではありません。一方で少子高齢化社会、過疎化問題など、なかなか解決の糸口が見えない人口減少問題が身近にあるとすれば、他方で食糧、資源、環境問題などに見られるような、世界的な人口増加の問題もあります。この地球上でまだらに置かれた人口の問題は、日々深刻さを増しながら、自己と他者の関係、ローカルなものとグローバルなものの関係をこれまで以上に複雑にしています。

複雑ですから、そのぶん問いも増えます。とにかく、もはや「私」だけの問題ではありません。人口問題の一部となったときの「私」や「あの人」は、一体どのような人たちでしょうか。この問題に取り組むときの「私」は、「あの人」のために何ができるでしょうか。いまこの人口のなかにいる「私」は「あの人」とどう違っていて、どう関わっているでしょうか。あるいは、まだそこにいない「あの人」や、しばらくしたらそこからいなくなるかもしれない「あの人」のために、どう考え、何をしたらいいでしょうか。

未来の人類研究センターでは、そのように多くの問いを投げかける人口という観点から、利他学をさらに深化させていきます。学内外の人口問題に取り組む多くの分野の研究者たちとの対話を重ねながら、このプロジェクトは「人口とは何か」というだけでなく、「人口というテーマを通じて何ができるか」という問いにも取り組みます。その過程でプロジェクト・メンバーたちは、それぞれの分野においてこの問題を再考しつつ、協働しながら、各分野には収まりきらない人口問題に回答することを目指します。

人口問題って、なにやら複雑。ですが、これまでよりもっとそれを近いこととしてとらえ直すため、「私」と「あの人」を繋ぐために、利他学の拠点である未来の人類研究センターから人口プロジェクトがスタートします。
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