利他鼎談レポート
大隅良典特任/栄誉教授
伊藤亜紗准教授・中島岳志教授による
「利他」鼎談
未来の人類研究センターは、理工系の大学である東京工業大学の科学技術創成研究院の中に設置された人文系のセンターである、ということは、このHPをご覧のみなさんはすでにご存知ですね。理工系の環境の中で「利他」について考える面白さについては、伊藤亜紗センター長がRita Radio 001でもお話されています。
しかし、具体的にはいったいどのようにして理工系と人文系が手を携え、どういう形でその出会いが面白いものになっていくのだろうか──そんな懸念をよそに、センター発足からわずか1ヶ月半のある初春の日、「オートファジー」の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典教授と、センター長の伊藤亜紗准教授、利他プロジェクトリーダーの中島岳志教授との鼎談が実現しました。「利他」を囲んで、理工系と人文系がどのようにして交わるのか、現場で起こった静かな爆発をお届けします。
サイエンスを「文化」として考える
日本では科学というと、次に出てくるのは
大隅良典
何の役に立つの」というキーワード。
そういう社会通念が少し破れてくれないかな、
というのが根底にある。
「人間が効率だけで生きているわけではない」ということを示す例として先生が挙げたのは、先生のお友達で細胞生物学者であり、歌人としても有名な永田和宏教授がよく引き合いに出されるという、「陸上選手が新記録を出す瞬間を見たり、音楽会でいい演奏を聴いたりした人たちが『ああ、よかった』と喜ぶのは、それが役に立ったからではない」というお話。「サイエンスがこういった種類の活動だ、ということが理解されると、もう少し人間の社会が豊かになるだろう、というのが私の思い。」
南極探検やアポロ計画のニュースが世を賑わしていた頃に子供時代を過ごした大隅先生は、当時、右肩上がりの世の中で、余計なことを考えなくても「夢が拡がっていた」と話します。それに対して今、「人間が抱えている問題はあまりにも大きく、本当に大切な議論はなおざりにされていく。そんなに私も未来に楽観的になれなくなっている」とした上で、先生は次のようにおっしゃいました。
たくさんの人が科学的であること。
大隅良典
それ以外に人間の未来はない。
「知ること自体が楽しい」ということを。
大隅良典
たくさんの人に表現するもの、それが科学である。
「オートファジー」はシヴァ神か!?
この営みは、大隅先生の宇宙、すなわち顕微鏡の中の「ミクロコスモス」で起こっていることと何かしら共通するところがあるのではないか。さらに中島先生はここで次の言葉を大隅先生に投げかけました。
「オートファジー」はシヴァ神じゃないか、
中島岳志
と思えるようなところがある。
大隅先生は、最初と同じように言葉を1つ1つピンセットで拾いながら話すような丁寧な仕草でこれに答えます。先生はまずこのヒンドゥー世界でいうところの「破壊」を、生物学界の「分解」に、「創造(建設)」を「合成」になぞらえながら、ご自身の学生時代の頃から、生物学という分野において「王道」と呼ばれる研究がどう変化してきたか、すなわち科学研究の「時代性」について話してくれました。そして「分解」に目が向いてきた時代に自分がたまたま居合わせたんだろう、と話した上で、次の言葉を放ちます。
合成ばかりで世の中の原理が成り立っているわけではなくて、
大隅良典
作られたものが壊されることで次のステップに入る。
それですべてが平衡状態になるので「分解」は「合成」と同じくらい大事。
グルグル回る感覚、贈与としての利他、そして「当たり前」
ヒンディー語で「明日」と「昨日」、
中島岳志
「明後日」と「一昨日」は同じ単語。
円環している時間、という感覚なんだと思う。
このとき、生物界と人文界が、「利他」を通して別の方向からピッタリつながったのを見た気がしました。「自分は何かを持っているから、持っていない人に施しを」「健常者である私は障害者の人を助けてあげたい」といった、パッと見の「利他」は実のところまったく「利他的」ではなく、むしろ感謝を伴わないほど「当たり前」の行為に「利他」が潜んでいる。これが、センターが考えるところの「利他」の本質に近いということは、プレ研究会レポートVol.1やRita Radio 001でくり返し話されてきたことですね。このお話を、別の入り口から入って話してくださったのが、大隅先生による生物界の「利他」だったのではないでしょうか。
さて、この世紀の瞬間を経て、物語は最終章「膜」へとつながっていきます。
「膜」──分かれているけど、つながっている
「膜」は、分かれているんだけどつながっている、
伊藤亜紗
とても不思議なもの。
一方、大隅先生は、この伊藤先生の「膜」の話を受けて次のように説明をしてくれました。
生命が誕生したときに、「これは生命です」というには境界が必要。
大隅良典
生命の誕生そのものに囲いを作りました、
というバリアとして必要なのが「膜」。
外と隔絶していたら、生命はなかなかうまくいかない(笑)。
大隅良典
まあ、個人が自分の持ち場でがんばるしかないな。
大隅良典