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6030問題──東京都内の孤独感調査から見る世代横断型ダイアローグの可能性

2025.03.24

人口プロジェクトチームは、2025年1月23日に東京科学大学大岡山キャンパス蔵前会館(ロイアルブルーホール)において開催された、東京科学大学 ×トヨタ自動車『科学反応プロジェクト』という産学共創イヴェントに参加しました。このときの発表の草稿と資料の一部を公開します。細かな表現などに関する詳細については、実際の発表と異なる部分があります。

 

山根亮一: 未来の人類研究センター・人口プロジェクトから、「6030問題──東京都内の孤独感調査から見る世代横断型ダイアローグの可能性」というタイトルで発表致します。

 アウトラインとしては、まず我々の活動内容をイントロダクションとしてご紹介させていただき、その後、調査の手法とその解析結果、解釈を共有致します。そして最後に、結論あるいは課題を示せればと思っております。

 では、まずイントロダクションに入らせていただきます。

 人口プロジェクトのメンバーは、私[山根亮一]を含めまして3名、栗山直子先生と江原慶先生です。それぞれの専門領域はアメリカ文学・文化論、認知心理学・教育心理学、そしてマルクス経済学ということで、それだけを見るとあまり共通点はなさそうですが、大まかに言えば、「当たり前」を変える研究をしているという点で共通する3名と言えるかと思います。

 この3名で最初に話し合ったときに、人口問題がどうやら我々の合流地点として考えられそうだ、という結論に至り、これまで活動してまいりました。今回の発表は、2024年の4月からスタートしたこの人口プロジェクトの活動成果の一つです。

 我々はまず、4月から6月まで研究会を行いました。初回は都内の空き家問題に精通しておられる本学の沖拓弥先生、次に人口推計や人口に関わるさまざまな問題の専門家である国立社会保障・人口問題研究所(以下、社人研)の藤井多希子先生、そして文京区で多世代型コミュニティの運営に携わっておられる八木晶子さんをゲストにお招きしました。

 その目的は、人口問題についての我々の理解を深めるだけではなく、我々が行うアンケート調査、その質問内容を固めるためでもありました。このアンケートの特徴は、文学、経済学、そして心理学的視座からアンケートの質問を作成し、都会における孤独の感情的、心理的構造を探る、というものです。この場合の都会というのは、東京23区を指します。

 現状の我々の問題意識を説明するのは、社人研が提示する未来推計です。それはすなわち、「総人口は50年後に現在の7割に減少し、65歳以上人口はおよそ4割を占める」という日本の未来像です。

 この将来を見据えた新たな価値観を創出するために、先述のとおり、我々は感情的、心理的構造の在り様に焦点を当てることにしました。

 というのも、日本社会が直面する少子高齢化社会の問題の一つ、都会における孤立(とくに高齢男性)というテーマは、文化や経済に関するさまざまな価値観上の問題を内包していると我々は考えるからです。

 この問題に取り組むための大枠としての問い立ては、次のとおりです。

  • ・ どのような価値観や心理的状況が、各世代の孤独感を強めているか。
  • ・ 東京都内で各世代の抱く孤独感と幸福感の関係をどう解釈し、その解釈を実際の社会にどう活かせるだろうか。

 多角的にこのアンケート結果を解釈する上で、今回の発表のタイトルにも含ませていただいております、「6030問題」が、おぼろげながら見えてまいりました。すでによく知られている「8050問題」は80代の親と50代の子どもに関する社会的孤立や経済的負担などのことを指しますが、ここで我々が仮説的に、括弧つきで述べる「6030問題」とは、今回のアンケート結果から見えてきた、60代、30代という異なる世代が持つ特徴に関する「課題か提案」としてひとまずご理解ください。

 これから栗山先生、そして江原先生からアンケートの手法と解釈についてご説明いただき、最後に、私の方から現時点でのコンクルージョンや課題をお示ししたいと思います。では、よろしくお願いします。

栗山直子: 栗山です。よろしくお願いします。

 では、私からは「手法」ということで、アンケート調査でどのような手法を取ったかについて、ご説明させていただきます。

 アンケート調査は、昨年の秋、9月30日から10月2日までの間にウェブ調査を用いて行いました。調査対象者は都内23区に在住の500名、男女各250名。18歳から69歳までの方に調査を行いました。項目内容はかなり多く、74項目の問いを以下の7カテゴリーに分類して、調査を行っております。項目内容の7カテゴリーについて説明させていただきます。

 まず、心理面ですね。「心理」は、幸せに暮らせているか、孤独を感じているか、というような側面を訊いております。「社会的分断」、これは多世代の考え方を理解しているかというようなことを訊いています。「自己責任論」、個人の幸福の追求が社会の繁栄につながるか。「自意識」、フィクションや物語に影響を受けるか、それらに自分を投影するか、などを訊いています。また、「経済成長」、「経済収縮」といった、経済的な項目も訊いています。最後に「SNS関連」、SNSだけの友達はいるか。こうした質問項目を、合計74項目訊いております。

 本発表の解析手法について、ご説明させていただきます。

 統計解析の重回帰分析というものを用いました。「ある要因」、たとえば、この調査では幸福や孤独を使いましたが、他にも、重回帰分析は、満足度に関する分析が多いことで知られている分析で、その「ある要因(満足度・幸福・孤独など各々)」に対して、他の複数の要因がどのくらい影響を与えるのかについて、因果関係を検証するときの統計手法となっております。

 よくマーケティング等にも用いられる手法で、たとえば、Aという自動車の満足度に対して、スタイル、車体の色、操作性、乗りごこち、安全性などの複数の要因が、どの程度影響を及ぼしているか、どれが一番強く影響を及ぼしているか,というようなことが、このような数値からわかります。

 因果関係の強さを表す数値データは標準化偏回帰係数と言いまして、-1から+1までの値をとって、大きいほど影響力が強いということを表しています(マイナスの数値は逆方向の強さを表します)。ここに出てくるR2というのは、モデルの寄与率(決定係数)といいまして、1に近いほうがよいとされていて、だいたいここ(これは架空のデータですが)に書かれているように5.0以上ぐらいあれば、すごくよいモデルである、ということを示しています。

 本解析では、特に孤独・幸福に焦点を当てており、年代別に重回帰分析を行った結果になります。先ほどの7カテゴリーのなかから、心理的要因に関する項目、社会的分断に関する項目、自己責任論に関する項目、自意識的要因の項目、SNSに関する項目、というのを使って、孤独や幸福度にどのように影響を与えるかの解析をしております。

 また、本分析では,ステップワイズ法というものを用いて、有意な項目のみを残す、という手法を用いています。本発表では、経済成長、経済収縮については扱っておりません。では、江原先生結果についてよろしくお願いします。

江原慶: それでは、解析結果とその解釈について見ていきながら、冒頭で紹介のあった「6030問題」の実相に迫っていきたいと思います。

 まず、孤独といっても、人によってその内容はさまざまです。そこで、どういった要因が孤独につながっているのかということを、アンケート結果から分析してみました。

 まず、「ふだん、孤独を感じることがある」という項目について、さまざまな項目が因果関係を持っているということが、この重回帰分析の結果から示されています。いちばん強い要因としては、いちばん上の「他人に対して劣等感を持っている」という項目があります。それ以外にも、たとえば、「SNSなどでニュースや有名人のことについてコメントすることがある」という要因が、孤独に影響を与えているということも見て取れます。

 この図では、ピンク色の矢印になっているのが反転項目(逆の因果関係を示す項目)になっています。たとえば、上から2番目の項目では、「今の社会で幸せに暮らせていると思」っていればいるほど、孤独を感じていない、という関係性を表しています。つまり、「今の社会で幸せに暮らせていると思」っていなければいないほど、孤独だということです。孤独といっても、さまざまな要因がその内容を構成しているということがわかります。

 ということで、今回の分析で焦点を当てている、60代の人々と30代の人々が、それぞれどういった要因で孤独を感じるのか、ということを取り出してみたのがこの図です。

 左側が60代の人々のアンケート結果ですが、いちばん強い項目として現れているのが、「劣等感」です。それ以外にも、「他の年代の人と意見が対立す」ればするほど孤独を感じる、だとか、「他の年代の人の考え方を理解していると思」えば思うほど孤独を感じる、というような結果が出ています。

 それ以外に、反転している項目として、社会的分断に関する項目で、「自分とは経済力が大幅に異なる人の考え方を理解してい」ればいるほど孤独を感じない、というような因果関係が出ているのがわかります。

 これに対して、30代の方では、「他人に対して劣等感を持っている」という項目が、孤独感に寄与しているのは60代と共通していますが、それ以外に「SNSなどでコメントをす」ればするほど孤独を感じる、というような因果関係が、60代にはないものとして出ています。そのほかに、社会的分断に関する項目は孤独にあまり影響していない、ということも、60代との対比で特徴的です。

 それから、本プロジェクトに関係するところですと、「日本の人口問題について考えたことがあ」れば、あるほど孤独を感じるのが60代で、30代は逆、というようなところも、興味深い対比になっています。

 ですので、東京の60代の人々にとって「孤独」とは、「他の世代や自分と異なる経済状況にいる他者との関係のなかで感じられるもの」というふうにまとめられるのに対して、東京の30代にとっての「孤独」というのは、「一人でいる時間を重視しない人が感じる」もの、要するに、一人でいるのが平気な人にとって孤独は孤独でないわけですが、そうじゃない人ほど孤独を感じやすい。そして、そうした孤独はSNSをしながらスマホをポチポチしているようなときに感じられる、というようなイメージが見えてきます。

 それから、他者に対する劣等感は60代と30代の共通の要因であるということ、また、60代と30代では人口問題と孤独感の関係性が真逆だということも見えました。

 このように、多様に孤独な人々が、どうすれば幸福感を得ることができるのか、ということを、アンケート結果からもう少し深掘りしていこうと思います。

 そこで、60代と30代の人々にとっての「幸せ」はどういうものなのかということを、同じように重回帰分析で見てみました。左側が相対的に孤独を感じていない人々で、右側が相対的に強く孤独を感じている人々のアンケート結果です。

 まず60代の人々からみます。左側は、たとえば、「今の日本社会は、女性の社会進出をより推進したほうがいい」と思っている人ほど幸せ、というような関係が出ています。これに対して、右側のほうでいちばん強く出ている項目は、「勝ち組、負け組だと考えたことがあ」ればあるほど幸せでない、という関係ですね。

 それから、「他の年代の人と意見が対立する」ほど幸せでない、「映画や漫画などの登場人物や有名人に影響されることがあ」ればあるほど幸せ、という結果から、こうした項目が、「幸せ」あるいは「不幸」の内容を構成していることがわかります。

 これに対して30代の人々にとっての「幸せ」ですが、まず孤独をあまり感じていない人々の方では、「劣等感を持ってい」なければいないほど幸せ、「人と直接会って話す」機会が多ければ多いほど幸せ、というように、「幸せ」については、わりと理解しやすい因果関係が見て取れます。

 それに対して孤独を強く感じている人々の方では、とても強く「幸せ」に対して影響を与えているのは、上から3番目の「他の性別やジェンダーの人の考え方を理解してい」ればいるほど不幸せという項目や、「他の年代の人の考え方を理解してい」ればいるほど幸せという項目です。こうした項目が、「幸せ」と強い因果関係を持っていることがわかります。

 また、60代の孤独を強く感じている人々と、30代の孤独を強く感じている人々の項目を並べてみると、その差がよく見えます。60代の人々は、勝ち組、負け組というような発想法に対して強く反応しているのに対して、30代の人々は、他の年代の人々の考え方を理解できているかに反応し、ジェンダーに関しては反転した因果関係があるということが特徴的です。

 それから、自己責任論に関係する項目は、60代の人々は「幸せ」とあまり関係がないのに対して、30代の人は割と関係がある。それから、フィクションや有名人と自分を重ねるかどうかという項目は、60代の人々は幸せと強い関係がありますが、30代はあまりない。そういう対比も見て取れます。

 以上を踏まえて、60代の人々と30代の人々の孤独を対比してみると、勝ち組、負け組論に強い反感を持っていて、フィクションや有名人への共感に幸福感を得ており、そして、他の年代との対立を望んでいない、という60代像が見えてきます。

 これに対して東京の孤独な30代は、ジェンダー問題に非常にセンシティブであるとともに、他の年代の考え方を理解したいという欲求を持っているのかなと思います。ただ、他の年代と対立することによって幸福を得る、という結果も出ているので、対立していたとしても他の年代の考え方を理解したい、そしてそのことに幸福を感じる、というところも見えてきます。それから、自己責任論に関しては反感を持っているのかな、というような状況も見えてくるかなと思います。

 以上で、解析結果を終わります。最後、コンクルージョンを、山根先生、お願いします。

山根: ありがとうございます。最後に「6030問題」についてですが、調査結果を年代で分けたとき、60代・30代以上に、孤独を感じる人たちが他の世代との関係性を示す項目において高い数値を出すことはありませんでした。今回のアンケート結果から、東京23区で孤独を感じている人たちのなかで、他の世代との関係性を通じて幸福を感じる傾向があるのは、60代と30代であると言えそうです。

 そうした理由で今回「6030問題」とさせていただいておりますが、(「8050問題」のような)「問題」というよりは、少子高齢化社会における都会人の孤独度を中和するためにこれらの特定の年代間のダイアローグを焦点化してはどうかという、「課題か提案」と言った方がより良いかもしれません。また、10歳ごとという世代の分け方、区切り方を含め、このアンケートの手法や解釈にはまだまだ発展の余地はあるかと思います。今回は、あくまでこれから我々が実際に多世代型コミュニティに関わっておられる方々を中心としたインタヴュー調査などを進めていくための手掛かりとして、孤立しがちな人々同士の交流、その可能性が最もあるのはこれらの世代間なのではないか、という「課題か提案」を示させていただきました。

 すでに現時点で、これら「6030」世代のダイアローグを促進する際に、ジェンダーや自己責任論に関係しそうな出世競争の話、これは避けた方が良いのではないかという注意点が、このアンケートから読み取れそうです。そうした話題よりは、人口問題など、マクロな経済・社会問題についての冷静な意見交換がよいかもしれません。ただ、やはりこのことを確認するには、より個別的な、質的な調査が要求されるかと思います。それが今後の我々のおもな課題の一つだと考えています。

 いずれにせよ、60代・30代の間での対話がより円滑になれば、それが今後の少子高齢化社会において、これまでの「当たり前」を変え、新しい価値観を形成するための一助になるかもしれません。次年度は、このことを踏まえつつ、より具体的な検証や社会実装の道を模索していきます。ということで、今回の発表をまとめさせていただきます。

参考資料

*本発表の内容は本プロジェクトの途中成果報告です。今後さらに解析を加える予定です。